私のトレーニング歴 マラソン編 周りから変人扱いされる!
- マラソンにハマり出す。
- 大会当日
- その後ベストタイムを出すも燃え尽き
先日の記事では運動により持病の腰痛を克服したことをお話しましたが、今回はその後についてお話していきます。
マラソンにハマり出す。
筋トレとランニングにより腰痛を克服した私は運動の素晴らしさを身にもって体験し、どんどんのめり込んでいきました。
ほぼ毎朝、腕立て伏せ、腹筋、背筋を各100回こなしてからランニング5㎞を走ることを日課とし、暇さえあれば近所の公園に行き懸垂をやるようになっていました。
運動に熱心な私に対して周囲は呆れていましたが、私は治療家たるもの自身が健康でなければならないと自負していましたので、当たり前のことと考えていました。
そして毎日の鍛錬の甲斐があって体力がついたのですが、この体力を今度は何か生かせやしないだろうか?と思う様になりました。
ただ毎日黙々と健康増進ためにトレーニングを続けるのも飽きてきてしまったのですね。
何かモチベーション維持に続けられることはないだろうかと思案した結果、マラソンに挑戦してみることにしました。
当時はもうすでに治療院で働いてましたので、時間的余裕がありませんでしたから何か1人で出来て、かつ記録として残るものが良いと思っていたのです。
考えた末マラソンを始めることにしましたが、野球部時代から今まで散々走ってきましたので、走ることに抵抗感はなく練習をつめば42㎞くらいだったら走れるだろうという自信がありました。
そして近場でマラソン大会を探してみたところ、群馬県の榛名湖にて榛名湖マラソンが3か月後に開催されるとのことだったのですぐにエントリーしました。
その時は知らなかったのですが、榛名湖マラソンは日本で一番高低差がある大会で難易度の高い大会だったらしいです。
榛名湖を取り巻く環境はランナーにとっては過酷で完走することさえ大変な大会だったそうです。
そうとは知らず無謀にもエントリーした私ですが、それを知り逆に燃え上がりました。
そんな辛いと言われている大会で記録を残せたら最高だな!と。
フルマラソンは初心者は4時間台で走ればそこそこの好タイムです。もし4時間を切ることが出来たら市民ランナーとしての勲章を得ることができます。
そのようにランナー向けの雑誌に書かれていたので、私は4時間切りを目標にしていくことにしました。
今考えると無謀な挑戦だったと思いますが、当時の私はあまりマラソンに詳しくなかったので何とかなるだろうとしか考えていませんでした。
それまでは、長くても10㎞くらいしか走ったことがなかったので、それからは平日に10㎞走り、休日に20~30㎞の長い距離を走ることにしました。(週1で休み)
マラソンの練習方法を私は知らなかったので、近所の本屋に行きマラソン雑誌を読み漁り、まずは長い距離に慣れるのが先決だと考えました。休日にロング走をおこない、平日は仕事前に10㎞程体調に合わせてスピードをつけて走る練習をひたすらおこないました。
そして大会当日
10月と言えど群馬の山沿いは寒く、朝の段階では若干の霧がかかっていました。
スタートは9時からだったのでそれまで身体を温めることにしました。
アップは30m程のダッシュを5本くらいして、身体を温めながら柔軟体操をしてスタートを待ちました。
当日は務め先の治療院の院長が応援にきてくれるとのことで嬉しく思っていましたが、「まあ、4時間半くらいで走れればすごいんじゃないの~?」と憎き言葉を残していたので4時間を切ってギャフンと言わせてやる!と意気込んでいました。
しかし院長はスタート間際になっても現れず…ついに始まってしまいました…
初めてのマラソン大会で一番驚いたことはその人の多さでした。
小規模の大会とは言え1000人以上がエントリーしていたのでかなりの人の多さです。
走り出すと中々前に進まずに、前半は人の間をかいくぐりながらの走りになりました。
スタートから10㎞程走ると人がちりじりになったので大分走りやすくなりましたが、そのせいかどんどんとスピードが上がりオーバーペースになってしまいました。
4時間のペースだと1㎞あたり5分40秒くらいのペースですが、私は4分半くらいのペースで走っていたと思います。
練習でもそんな速いペースで長い距離を走ったことがなかったので、少し心配でしたが思いのほか身体が楽だったので、イケる所までいこうと思いペースを落とさずに走り続けました。
流石日本一の高低差を誇る大会です、坂に入るとほとんどの方が歩きだします。
つらく感じましたが、ここで歩いたら4時間を切ることはできないと思い、歯を食いしばって走りました。
以外と思われるかもしれませんが、坂をゆっくりペースで走るのはかえって疲れます。
そのため私は平地とほぼ変わらないスピードで上がっていきました。
坂の度にランナー達を抜き去り、途中まで並走していたランナー達も坂に入ると差を広げることができました。
人を抜かしていくことに快感を覚え、その時初めて「マラソンを始めて良かった!」と思いました。「こんな気持ちいいことがあったのか!」と走りながら浸っていたのです。
しかし30㎞地点を過ぎると流石に限界に近づいてきました。ここまでペースを上げたツケがまわってきたのです。
コースに設置してある給水地点には、スポーツドリンクやバナナ等の軽食を取ることができます。
勝負を諦めたランナー達はバナナやチョコを食べながらコーラーを飲んでいました。
しかも後半に入り出すとカレーをふるまい出し、沢山のランナー達が勝負を捨てカレーを美味しそうに食べていました。
それを見ると心が揺れましたが、ここで足を止めたら今までの苦労は水の泡だと思い頑張りました。
結局私は最後までペースを落とさずにゴールすることができました。
タイムを見ると3時間18分。(ネットタイム3時間16分)
「え!?すごくね!?」と我ながら驚いてしまいました。
4時間を切れば万歳だと思っていたので、予想をはるかに上回るタイムになりました。
応援にくるはずだった院長はゴール後に到着。(何しに来たんだ。笑)
院長もどんなに早くても4時間くらいだと思っていたらしく、ゴールに合わせて来る予定だったそうです。
まさかの好タイムに驚いていました。
私自身こんなに早く走れると思っていなかったので驚きです。
腰痛のために始めたトレーニングがここまで発展するとは思ってもいませんでした。
それまでは死んでも運動はやりたくないと思っていましたから…
その後ベストタイムを出すも燃え尽き
その後その勢いのまますぐに別の大会にエントリーすると、3時間7分の記録を出すことができました。
まさに快進撃をみせたわけですが、マラソンという孤独な競技に段々と走ることへの興味が薄らぎ、マラソンを始めて4か月程のこのタイムが私のベストタイムとなりました。
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